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相模原の現代絵画展 コレクションと新しい歩み

  • 出展作家
    岩橋英遠、上田薫、遠藤彰子、遠藤原三、成田禎介、古川吉重、吉村誠司
  • 主催
    相模原市教育委員会(相模原市民ギャラリー)
  • 展示期間
    平成18年12月9日(土曜日)から12月24日(日曜日)まで
  • 開館時間
    午前10時から午後7時まで(入館午後6時30分まで)
  • 休館日
    水曜日
  • 展示場所
    相模原市民ギャラリー展示室
  • 観覧料
    無料

出展作家 作品とプロフィール

岩橋 英遠

「朝には狐も散歩する」

  • 1990年、90.0×151.5、紙本彩色、平成18年新収蔵美術品

「朝には狐も散歩する」
この作品の舞台は、岩橋氏の故郷である北海道滝川市(江部乙)にある静かな郊外です。風光る朝の爽やかさを描いたと同時に、生まれ育った地への愛情が溢れている作品ですが、画面を探していても狐はいません。しかし、岩橋氏は実際に狐が散歩しているのを見て、本作品の制作を思い立ったそうです。

どこにでもある、のびやかな村落の朝の情景ではありますが、晩年の大家が辿りついた、横のラインを強調することによって生じるどっしりとした堅牢な構図や、岩橋氏らしい早暁の雲母の描き込みによって、緊張感のある画面が生まれています。

晩年の岩橋氏は殊に空の表現に、強いこだわりを示していました。本作でも上空の表現は当然のことながら、水田に映る雲にも注視しています。東山魁夷は水面に映る鏡像には、画家の「心」が映ると考え、その像を心象風景だと定義しました。この水の表面にも、岩橋氏の望郷の念が映っているにちがいありません。

1903年北海道空知郡滝川村(現滝川市に生まれる。1934年第21回院展に初出品し、初入選する。1953年日本美術院同人に推挙される。1968年東京芸術大学日本画専攻の教授に就任、同年相模原市上鶴間に転居する。1994年文化勲章受章。1999年逝去(享年96歳)。

上田 薫

「コップの水H」

  • 1985年 227×1818.1、洋画

「コップの水G,H,I」
スーパーリアリズムは、日常の光景や人物を写真のような精密な写実によって、実物そっくりに表現しようとする描法です。1960年代のアメリカなどで生まれましたが、上田氏は、その日本での第一人者として位置づけられています。

17世紀の画家、ヤン・フェルメールなどが、室内画を描く際、カメラ・オブスクーラ(針穴写真機)を用いました。この画家もまた、人の眼には見えない一瞬、例えば「落下するなま卵」などを感度のよいフィルムに収め、それを大きくクローズアップすることでその独自性を打ち出しています。

「コップの水」の連作は、同じ構図と目線で、同じ形態のコップを朝、昼、夜と時刻を変えて精密に写しています。個々の1点は、一貫して写真的なリアルになぞられた描法ですが、この連作は3点を見比べるとより迫力ある画面となります。この作品の魅力は、時間の経過による光の微妙な違いを克明に捉えているところです。

上田薫氏は、その絵画画面に一切のさまざまな感情や情緒的なもの、人間の手作業の痕跡などを取り除いていくことで、具体的な存在をあたかも幾何学的なデザインのように捉えていきます。合理的に作業を進め、ただモノの存在のみを描き出すその姿勢はこれからも継続していくのでしょうか。

1928年東京に生まれる。1954年東京芸術大学卒業。1956年MMG社ポスター国際コンクール国際大賞を受賞。約10年間のデザインの仕事に携わる後、再び画業に専心。スーパーリアリズムの第一人者として活躍を続ける。

遠藤 彰子

「とおい静けさ」

  • 2002年から2004年、333.0×747.0、洋画

「とおい静けさ」
500号を超える巨大な絵画、丈夫に重心を置いたアンバランスな構図、集合し拡散する群集。遠藤彰子氏の絵画は、日常で浮かんだ倒錯するような目まぐるしい世界の「動き」や「流れ」を画面の中に激しく展開します。

この「とおい静けさ」は、2002年から2004年まで、二紀展(洋画家の美術団体展覧会)において単独の作品として発表されたもので、それぞれ「草の音」「遠き日がかえらしむ」「冬の音」という500号の作品です。これは3点1組になって1500号という巨大な作品になるのです。本作品は、彰子氏のこれまでの作品の中でも最大級ですが、歓談や傍観する人の群れに加え、多数の空想的な動物や妖精のようなものが混ざり、奇々怪々な幻想風景が展開されています。

福の中に禍が潜み、禍の中に福が潜んでいるという意の「禍福倚伏(かふくいふく)」という言葉がありますが、まさにこの作品はそれを具体化されたものでしょうか。順繰りにやってくる災いと幸せが混在する、目まぐるしく存在する現世のあり様を、画家の視点から捉えたものと思われます。

1947年東京都に生まれる。1968年武蔵野美術大学短期大学卒業。1986年第29回安井賞展安井賞受賞。個展・グループ展など多数開催。2004年には府中市美術館、2006年には茨城県つくば美術館で個展が開かれた。現在、二紀会理事、女流画家協会委員、武蔵野美術大学教授。

遠藤 原三

「霧深き日」

  • 2005年、F130、洋画

「霧深き日」
この「霧深き日」という作品は、そのタイトルにあるように、霧に霞むような品のよい明るめのグレーを基調にしており、静寂に包まれています。

キャンバスや果実、木枠といった、作家のアトリエに散在するモチーフが、ばらばらと無秩序に配置される中、構図の中心に物想いに耽る女性がゆったりと佇んでいます。いわゆる人物画や静物画のように、それらが同じ空間にあるかのように見えますが、不思議と全体として一体感があります。

この奇妙な画風にヒントを与えたのが、チャールズ・ミンガスによってアレンジされたモダンジャズの名曲「霧深き日」です。これは車のクラクションや騒音など擬音的な効果を交えて、叩きつけるような不協和音が時には大きく、時には小さくなりながらも全体が調和する楽曲ですが、このように音楽と美術作品は密接な影響を与えながら、共鳴関係を結ぶことがあるのです。

1947年神奈川県に生まれる。1963年多摩美術大学卒業。光風会展や安井賞展などに出展する。
2004年第36回日展特選を受章。2005年光風会文部科学大臣賞を受章。現在、光風会評議委員。

成田 禎介

「白い峰と山里」

  • 2005年、F120号、洋画

「白い峰と山里」
描かれた景色はどこでしょうか?瑞々しい湿り気を含んだ森の緑と冷涼たる山脈、透明感のある。日本アルプスやヒマラヤなど私達は記憶の中にある景色に想いを馳せます。特定の風景を超え、厳然たる自然静寂を画家は描いています。

この画家は、その自然の真っ只中にあった情景を丁寧に、愛情深くその絵画に写しとっていきます。手前の木々から遠くの山脈までの距離感は、葉・枝が遠ければ小さく、近ければ大きく描くことで表現されています。粗密の変化を丹念に読み取り、小さな筆運びで描いている画家の緻密な作業によって、その絵画に緊張感が生まれているのです。

成田作品の色彩は、率直にそのものの固有色で彩色され、形態は素朴な筆致によって独特のパターンを描いていきます。写実的な色彩と明快な秩序を与えられた情景は、現実と幻想を交錯する不思議な空間となって現れます。そこには、超然とした自然の理を捉えたいという、画家の意欲が込められているのです。

1938年東京都に生まれる。1967年示現会展に初出品し、会友に推挙される。1982年と1989年に日展特選受章。現在、日展会員、示現会理事。長年、あじさい大学(市内高齢者対象講座)の講師を務める。

古川 吉重

「L20-1 星」

  • 2006年、F150、洋画

「L20-1 星」
古川氏は戦後まもない1948年より本格的な画業を始め、ニューヨークに移住後、原色の単純形態を描くようになりました。鳩目金具やゴムのシートなど素材を絵と組み合わせながら、その可能性を探ってきましたが、オイルスティクによって塗り込められたシャープな方形と曖昧に描かれたその背景との不均整な美が、古川の絵画スタイルと言われています。

「一連の作品は、どれも具体物ではない形体の位置や色彩の関係で成り立っていて、リンゴや樹木といった実像がないので、ヴァリエーションのある音のようなものだと思っている。(注1)」という古川氏の言葉にあるように、主に個々の作品には数字とアルファベットで題名をつけています。これは絵に固有名詞を付けないことで、具象的な意味を持たせないようにしたものです。

しかし、今回の出展作(2006年制作)はいかがでしょうか。「星」という情緒的なタイトルがつけれられています。そして、絵画画面からは特徴とされていた不定形な方形や四角形が消失しました。再びその制作活動に新たな展開が生まれたのです。このように85歳になる現在も、古川氏は可能性を切り開く活動を継続しているのです。

(注1)古川吉重「サウンド」 ギャラリー山口 個展 1996年

1921年福岡県に生まれる。1943年東京芸術大学卒業。1954年独立美術協会準会員となる(1958年退会)。1963年からニューヨークに活動拠点を移す。1992年「在ニューヨーク 30年の軌跡 古川吉重」展(福岡市美術館)開催。2000年より相模原在住。

吉村 誠司

「月明かり」

  • 1995年、F40号、日本画

「月明かり」
静寂に包まれる杜の中、夜目で凝視すると、そこには巨木に昆虫達が留まっています。そして、雅やかに、ちらちらと光る虫の羽などが、空に浮かぶ月の存在を私達にほのめかします。吉村氏は、細かく繊細に濃淡が付けられた紺の宵闇に、洗練された箔使いによって、ひっそりと生きるものたちの、ささやかで静かな音楽のような鼓動を捉えようとします。
吉村誠司氏は、東京芸術大学時代、平山郁夫・福井爽人の両氏に師事し、再興第72回院展に《生きる》で初入選しました。現在は若手ながらも、日本美術院同人の若手として活躍しています。その絵画の特徴は、画家の気性を写すかのように、率直で凛とした緊張感があります。吉村氏は日本画の向後を担い、その伝統を守りつつも、その先端を探るという荊棘の道を進んでいくことでしょう。

1960年福岡県に生まれる。1990年東京芸術大学美術研究科博士後期課程満期退学。2000年日本美術院同人に推挙される。現在、東京芸術大学助教授。

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用語解説については、「Weblio」までお問い合わせください。

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