港町横浜をささえた道志川の水(川田吉弘さん)
横浜市の水道は1887年に日本最初の近代水道として誕生した。当時は相模川と道志川の合流点に取水口があったが、10年後には青山に取水口が移され、現在の水源事務所が設けられた。標高差を利用した自然流下方式で、相模原市内の水道道を通り、約29km先の横浜市の川井浄水場を経て西谷浄水場まで送られる。1915年には、更に1km上流の鮑子に取水口は移し現在の形となった。道志川の水は、横浜市や横浜港の発展をささえ、外国航路の船乗りたちに「赤道を越えても腐らない」と称賛された水である。近代産業遺産や近代水道百選に選ばれた青山沈でん池や城山ずい道、旧青山取入口がある。(旧三井用水取入口は相模川と道志川の合流点近く、現在の沼本ダム付近にあるが途中の道が閉鎖されている)。また、旧事務所も当時のまま手入れされた藤のしげる木造の平屋で、映画「真夏のオリオン」ではヒロインの家として使われた。写真は国登録文化財でもある石垣で囲われた旧沈でん池と、YWW(Yokohama Waterworks),1911の刻印が残る保存されているバルブ類。当時の柵やハンドルには機能的かつ洒落たデザインが施されていたことが分かる。
英国人技師HSパーマー氏の水源調査で選ばれた、100年を超えた今でも清らかな水を相模原市の山間から送り続けていることを誇りに思いたい。
21年度市民カメラマン 川田吉弘さん
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