4.江戸(えど)時代の主要道(しゅようどう)のひとつ~甲州街道(こうしゅうかいどう)と宿場~

ページ番号1012654  最終更新日 平成30年1月12日

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江戸時代(えどじだい)

今からおよそ400年前の江戸時代(えどじだい)、当時、国を治(おさ)めていた徳川家康(とくがわいえやす)は 江戸(今の東京)と地方をむすぶ5つの道を作りました。これらの道は、今のように電車や車がないので、人や馬が行ったり来たりするためによく使われる重要(じゅうよう)な道でした。

小原宿本陣の写真(正面入り口)
小原宿本陣(おばらじゅくほんじん)

このうち「甲州街道(こうしゅうかいどう)」という道は、今の相模原市を通る道で、当時は「甲州道中(こうしゅうどうちゅう)」とよばれていました。甲州街道は、東京都の日本橋(にほんばし)から山梨(やまなし)県の甲府(こうふ)を通り、長野県(ながのけん)の下諏訪(しもすわ)まで約(やく)220キロメートルもありました。甲州街道には、人が泊(と)まったり馬が休んだりすることができる「宿場(しゅくば)」という場所があり、相模原にも小原(おばら)・与瀬(よせ)・吉野(よしの)・関野(せきの)に宿場ができました。

緑区小原にある小原宿本陣(おばらじゅくほんじん)は、甲州街道の江戸から数えて9番目(または13番目)の宿場でした。大名(だいみょう)や身分の高い人が使った宿のことを「本陣(ほんじん)」といいます。現在(げんざい)も小原宿の本陣は、大切に保存(ほぞん)され、当時のすがたを残(のこ)しています。

また、江戸時代は、相模川にも重要な役割(やくわり)がありました。
いかだで材木(ざいもく)を運んだり、高瀬舟(たかせぶね)という舟(ふね)でいろいろなものを積(つ)み、相模川をくだって海を通って江戸まで運ばれました。

小原宿本陣に行ってみよう!

小原宿本陣の写真

本陣(ほんじん)とは、江戸時代のはじめに参勤交代(さんきんこうたい)が行われるようになり大名行列(だいみょうぎょうれつ)をしながら江戸と領国(りょうごく)との間を往復(おうふく)するときなどに、大名たちが泊(と)まる宿のことです。神奈川県(かながわけん)で唯一(ゆいいつ)残(のこ)っている本陣です。
毎年11月3日には、小原宿本陣祭(おばらじゅくほんじんさい)とよばれるお祭りを行っています。どんなふうに大名行列をしているのか、見に行って考えてみよう!

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