8.鉄道の開通と相模原

ページ番号1012658  最終更新日 平成30年1月12日

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JR橋本駅に到着するSLの写真
JR橋本駅の写真(昭和30年代)

鉄道ができる前、当時の人びとは、道路や川を歩いたり、人力車や馬車、ふねを使って移動(いどう)をしていました。
相模原に住む人たちが待ち望(のぞ)んだ鉄道は、明治(めいじ)から昭和のはじめごろに開通しました。これにより、人びとはいろいろな方面へでかけることができるようになりました。

明治から昭和のころに開通した鉄道
開通年

路線名

明治(めいじ)34(1901)年

中央線

明治41(1908)年

横浜(よこはま)鉄道(現在(げんざい)のJR横浜線)

昭和2(1927)年 小田原急行鉄道(現在の小田急線)
昭和6(1931)年 相模(さがみ)鉄道(現在のJR相模線)

横浜(よこはま) 鉄道(現在のJR横浜線)はどうしてできたの?

明治(めいじ)のころ、山梨(やまなし)県や長野県で生産(せいさん)された生糸が八王子から神奈川(かながわ)道という道をとおって横浜まで運ばれ、外国へ輸出(ゆしゅつ)されていました。相模原や津久井(つくい)地域(ちいき)も生糸の産地(さんち)であり、生糸をたくさん運ぶために鉄道が必要(ひつよう)になりました。これが横浜鉄道のできる理由だったといわれています。

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