文化財探訪(ぶんかざいたんぼう)

ページ番号1012580  最終更新日 令和5年9月8日

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相模原市(さがみはらし)の主な文化財(ぶんかざい)を紹介(しょうかい)するミン♪文化財は、遺跡(いせき)や古い建物(たてもの)など、長い歴史(れきし)の中で生まれて、大切に残(のこ)されてきたものなんだミン♪
興味(きょうみ)がある文化財があったら、実際(じっさい)にみに行ってみてねぇ!

文化財探訪マップ

1.勝坂遺跡(かっさかいせき)

約5000年前の縄文時代(じょうもんじだい)は、あたたかい気候(きこう)で人々が生活しやすく、たくさんの人たちが集まって家を建(た)てました。これを集落(しゅうらく)といい、勝坂遺跡はその中でもたいへん大きな集落でした。約(やく)90年前の大正時代にここで見つかった「勝坂式土器(かっさかしきどき)」は縄文時代を代表する土器のひとつとなり、そのあと縄文時代のことを調べる人たちの役に立っています。
縄文時代を代表とする遺跡として、国から大切な文化財として認(みと)められました。
(所在地(しょざいち):南区磯部(みなみくいそべ))

縄文集落(復元(ふくげん))の写真

勝坂式土器の写真

おすすめポイント

  • 毎月第2日曜日には勝坂遺跡を楽しく学べる体験教室(たいけんきょうしつ)(土器作り、縄文服作り)や自然(しぜん)にふれあえるイベント(虫観察(むしかんさつ)、鳥観察など)もあるよ!

2.旧中村家住宅(きゅうなかむらけじゅうたく)

中村家は昔、この地域(ちいき)の村の名主(なぬし、とりまとめ役)でした。約150年前の江戸時代(えどじだい)の終わりごろに、中村さんはこの家を建てました。そのころは、アメリカやヨーロッパの西洋文化が入ってきて、とてもはやり出したころで、それをとり入れて建てられました。これを「擬洋風建築(ぎようふうけんちく)(西洋の建物を日本人が見よう見まねで建てた建物)」「和洋折衷(わようせっちゅう)住宅(和風と洋風がまざった家)」と呼(よ)びます。そのめずらしさから、国から大切な文化財として認(みと)められました。
(所在地:南区磯部)

旧中村家住宅主屋(正面)の写真

旧中村家住宅主屋(式台の間)の写真

おすすめポイント

  • 毎週木曜日から日曜日まで家の中に入ることができるよ!今は住んでいないけど、中村さんの家のしきちに入るので、見学するときは気をつけよう!

3.旧陸軍通信学校将校集会所(きゅうりくぐんつうしんがっこうしょうこうしゅうかいじょ)

相模女子大学(さがみじょしだいがく)の中にあるこの建物と庭園(ていえん)は、今から約80年以上前の戦争前(せんそうまえ)につくられました。この場所には兵隊(へいたい)さんが戦争のときに連絡(れんらく)をとり合うための勉強や実習を行った「陸軍通信学校」という施設(しせつ)がありました。将校集会所は兵隊さんの中で偉(えら)い人たちが集まった建物です。庭園は「フランス庭園」と呼ばれ西洋風につくられています。戦争後も壊(こわ)されることなく、そのまま大学の施設として残(のこ)され、親しまれています。
(所在地:南区文京)

旧陸軍通信学校将校集会所の写真

フランス庭園の写真

おすすめポイント

  • 見学したいときは、相模女子大学の正門のわきの守衛(しゅえい)さんに声をかけてね!
  • そのほかにも相模女子大学内には、陸軍通信学校当時のめずらしいもの(昔のマンホールなど)がたくさんあるよ。見つけられるかな?

4.田名向原遺跡(たなむかいはらいせき)・旧石器ハテナ館(きゅうせっきはてなかん)

旧石器時代は今より寒い気候でしたが、そうした中この時代の人たちは大型(おおがた)のシカなどを食べ物とする狩猟(しゅりょう)生活を行っていました。日本では旧石器時代の人々の建物跡(たてものあと)が見つかることはほとんどありません。田名向原遺跡では、約20000年前の旧石器時代の建物跡が日本でもっともよくはっきりとわかる形で見つかりました。また、様々な道具に利用(りよう)された黒曜石(こくようせき)と呼ばれる石がたくさん発見されました。旧石器ハテナ館では、この遺跡で見つかった石ヤリなどの石器を見ることができます。また、石器作りをはじめ、火おこしや弓矢作りなどを楽しく体験することもできます。
旧石器時代を代表とする遺跡として、国から大切な文化財として認められました。
(所在地:中央区田名塩田(たなしおだ))

田名向原遺跡住居状遺構の写真

旧石器ハテナ館まつりの写真

おすすめポイント

  • 毎年、旧石器ハテナ館では、火おこしや弓矢の射的、縄文服の試着など、大昔の生活などが楽しく体験できるイベント「旧石器ハテナ館まつり」があるよ!
  • 勾玉(まがたま)づくりや矢じりづくりなどの体験教室のほか、土器づくりや石器づくり、火おこし道具づくりなど、月替り体験教室もやっているよ!

5.相模原市古民家園(こみんかえん)

相模原市古民家園の写真

約300年前の江戸時代の建物で、もともと南区上鶴間(みなみくかみつるま)にある青柳寺(せいりゅうじ)というお寺の住職(じゅうしょく)さんの住まいでした。建物は、緑区大島の相模川自然の村公園の中にうつされ、昔の姿(すがた)で建てられています。床(ゆか)を土でたたきかためた「土間」、一段(いちだん)高い「板間」にはカマドや囲炉裏(いろり)などもあり、江戸時代の人々の暮らしを感じることができます。
(所在地:緑区大島(相模川自然の村公園内(さがみがわしぜんのむらこうえんない))

相模原市古民家園の屋内の写真

相模原市古民家園でのイベントの様子

おすすめポイント

  • 金曜日や日曜日は、囲炉裏(いろり)やカマドに火をつけて、建物を守るために行う燻蒸(くんじょう)と呼ばれるものがみられるよ。昔の人の生活を感じることができるかも!
  • 毎年7月1日~7日は七夕かざりをするので、相模原市古民家園のいつもと違(ちが)った姿がみられるよ!
  • また、毎月第4日曜日には古い家の雰囲気(ふんいき)や季節(きせつ)を感じるイベントもやっているよ!

6.小原宿本陣(おばらじゅくほんじん)

小原宿本陣(おばらじゅくほんじん)

小原宿は、江戸時代はじめに決められた主な道「五街道(ごかいどう)」のひとつで、江戸から甲斐(かい、今の山梨県(やまなしけん))を通る「甲州道中(こうしゅうどうちゅう)」の14番目の宿場(しゅくば)でした。となりの与瀬宿(よせじゅく)は江戸に向かう人、小原宿は甲斐へ向かう人に利用されていたため、片継ぎ(かたつぎ)の宿とも呼ばれます。本陣とは江戸時代に参勤交代(さんきんこうたい)などで、自分の領地(りょうち)と江戸を行ったり来たりするときに、大名(だいみょう)や身分(みぶん)の高い人が使った宿のことです。
小原宿本陣は神奈川県内(かながわけんない)で残(のこ)るたった一つの本陣です。
(所在地:緑区小原)

甲州街道小原宿本陣祭

小原宿本陣ライトアップ

おすすめポイント

  • 毎年11月3日に行われる甲州街道小原宿本陣祭では、大名行列など江戸時代の様子を感じることができるよ!
  • 毎年1回、小原宿本陣がライトアップされるよ!夜の小原宿本陣はとてもきれいだよ!

7.津久井城跡(つくいじょうあと)

津久井城全景(荒久(あらく)地区から)

今、「城山(しろやま)」と呼ばれている場所は、津久井城という山城(やまじろ)があったところで、おもに戦国時代に使われ、津久井地域でもっとも重要(じゅうよう)なお城でした。城主(じょうしゅ)や家来は、ふだんは、山のふもとにある屋敷(やしき)で生活し、戦いなどのときは、山につくったお城にたてこもりました。そういったお城を「根小屋式山城(ねごやしきやまじろ)」といいます。このお城は約700年前の鎌倉時代(かまくらじだい)にできたといういい伝(つた)えがありますが、確実(かくじつ)なことが分かっているのは戦国時代(約500年前)からで、1590年に戦いに負けて落城(らくじょう、城が攻(せ)め落とされること)しました。今は県立津久井湖城山公園になっていて、季節(きせつ)ごとにいろいろな景色(けしき)が楽しめます。
(所在地:緑区根小屋)

津久井城 発掘調査の写真1

津久井城 発掘調査の写真2

おすすめポイント

  • 毎年公園ではお城の発掘調査(はっくつちょうさ)が行われていて、新しい大発見があるかも!戦国時代や発掘に興味(きょうみ)があったら事前に調べて訪ねてみよう!

8.吉野宿(よしのじゅく)ふじや

吉野宿「ふじや」の写真

吉野宿は、江戸時代、小原宿と同じ「甲州道中」の宿場で、参勤交代(さんきんこうたい)などの途中で休む場所として利用されました。「吉野宿ふじや」は旅籠(はたご、泊まるための場所)でしたが、明治29年の大火で焼失し、再建後は養蚕(ようさん)住宅(かいこの飼育(しいく)もした住まい)として生まれかわりました。

おすすめポイント

  • 「吉野宿ふじや」の建物は、旅籠(はたご)の名残(なごり)があり、また、養蚕(ようさん)住宅へのうつり変わりを学べる建物として市の登録有形文化財(とうろくゆうけいぶんかざい、未来(みらい)も大切に保存(ほぞん)し、伝えていくとしたもの)になっているよ!

9.尾崎咢堂記念館(おざきがくどうきねんかん)

尾崎咢堂記念館の写真

尾崎咢堂記念館は、明治時代(めいじじだい)から昭和時代にかけて政治家(せいじか)として活躍(かつやく)し、「議会政治(ぎかいせいじ)の父」と呼ばれた「尾崎行雄(ゆきお、別名が咢堂(がくどう))」の人生や活動について知ることができる施設(しせつ)です。館内には手紙や肖像画(しょうぞうが)、遺品(いひん)などがあります。
(所在地:緑区又野(またの))

咢堂桜の写真

おすすめポイント

  • 記念館は、尾崎咢堂が生まれた場所に建っているよ!
  • 毎年、春になると「咢堂桜(がくどうざくら)」がきれいに咲(さ)くよ!

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